ち絵日記

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超 水 噴いてる

英語ができないので、ここ最近は英語の書かれた服は着ないようにしているのですが、
今回じぶん用にTシャツを買いました。
これくらいの英語なら理解できるので安心です。

これを着て出かけようとしたら、「パジャマ用じゃないのか」と姉が驚いていたそうです。

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  1. 2015/08/31(月) 08:00:00|
  2. シンガポール旅

ビールもうまーい

リトルインディアで「フィッシュヘッドカレー」を食べました。
葉っぱの上での食事に驚きました。
せっかくなので指で食べてみました。
辛くてとても美味しかったです。
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  1. 2015/08/29(土) 08:00:00|
  2. シンガポール旅

住宅街をすすめ!

通っていた小学校→住んでいたマンション→幼稚園 の順に、
一台のタクシーにお願いして見て回りました。

マンションが22階建て(だったかな)の高級マンションに変わっていて、衝撃。
幼稚園も教会が立派になっていました。
小学校のことはわたしはほぼ覚えていません。

最後降りるとき、運転手さんに「楽しかった?」と聞かれて、
「ハッピハッピー♪」と小躍りしてみせたら運転手さんも一緒に踊ってくれました。

家族写真も撮ってくれて、とても気のいい方でした。
感謝感謝です。
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  1. 2015/08/27(木) 08:00:00|
  2. シンガポール旅

せんとくんの御加護

ホテルのプールでハシゴに顔を思いきりぶつけて出血。
驚くほど痛かったです。
心配をかけた家族に申し訳なかったです。

今では傷がだいぶ目立たなくなりました。よかった。
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  1. 2015/08/25(火) 08:00:00|
  2. シンガポール旅

読むの遅いからまだ途中

ヒマな時間に読もうと用意した文庫
「フランケンシュタイン」

映画やアニメのイメージとは全く違う怪物、博士に驚きです。
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  1. 2015/08/23(日) 08:00:00|
  2. シンガポール旅

主に黒か白か

せっかくの海外だから、普段着ないような浮かれた格好にしようかと悩みましたが、
結局いつもと変わらない服装で行きました。

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  1. 2015/08/21(金) 08:00:00|
  2. シンガポール旅

go to SG

20年ぶりのシンガポール
先月父に連れていってもらいました。

初めて麦わら帽子を買いました。
父に勧められてユニクロでサングラスを買いました。

どんなもんかと思っていたけれど案外似合っていたように我ながら思います。

ふくちゃんは、あの頃と変わらずふかふかしていましたが、
心なしか緊張しているように見えました。
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  1. 2015/08/19(水) 08:00:00|
  2. シンガポール旅

バタ足しているように

結ばれし
リボンの泳ぐ
扇風機

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  1. 2015/08/17(月) 08:00:00|
  2. 一句

祖父の記憶7(了)

話をよく聞かせてくれた祖父だけれど、
具体的なところは「悲惨な時代じゃった」とだけ言ってお酒を舐めていた。

知ることはできないけれど(知ることがあってもいけないと思う。)、
自分なりに想像をする。

やはり戦争は辛い。戦争は悲しい。
わたしの知らない国では今もそれは行われているそうですね。
辛い。辛い。怖い思いをする人が一人でもいなくなりますように。

わたしにとって唯一の語り部だった祖父の記憶から、日本の戦後70年を思う。

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  1. 2015/08/15(土) 08:00:00|
  2. つぶやき

祖父の記憶6

「遺影は海軍の帽子をかぶったやつにしろよ!」と言い、
「つぎ床屋さんに行ったら撮るから教えてね」と答え、
「そんなにはよ死なんわ!」と突っ込み、
10年近くそんな会話を続けていたけれど一度も見たことがなかった。

ある正月にふいに祖父が帽子と日本国旗を見せてくれた。
国旗には、祖父を送り出す言葉がたくさん書かれていた。
帽子は、立派なものもあるらしいけれど「当時かぶっていたものだからこっちの方がいい」と、
緑色のような灰色のような、小ぶりで疲れている印象のものだった。

祖父が敬礼している写真を家族みんなで撮った。
その5か月後に祖父は突然他界した。戦後70年を迎える前の年だった。
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  1. 2015/08/14(金) 08:00:00|
  2. つぶやき

祖父の記憶5

一度だけ玉音放送の話になり、
「戦争を終わらせて下さった」と声を詰まらせたことがあった。

短絡的なわたしは、祖父はてっきり誇りにしているばかりだと思っていたので内心意外に感じ、
当時の祖父に少しだけ会えた気がした。

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  1. 2015/08/13(木) 08:00:00|
  2. つぶやき

祖父の記憶4

祖父はミサイルを積んだ二人乗りの潜水艦で、
敵艦を待ち伏せる役目だったらしい。

実際に打ったのはたった一度練習のときだけだったそうで、
「わしは幸運だった」と祖父は言った。
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  1. 2015/08/12(水) 08:00:00|
  2. つぶやき

祖父の記憶3

出発するときは「万歳」だけれど、
最期の瞬間はみんな「おかあちゃん」と叫んだという。

お一人だけ「天皇陛下万歳」と叫んだ方がいたそうで祖父は名前も教えてくれたが、
わたしはその方の名前を忘れてしまった。

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  1. 2015/08/11(火) 08:00:00|
  2. つぶやき

祖父の記憶2

祖父が一番すきだったと思う話。

横須賀で海軍兵として働いていた祖父を、
当時福井へ疎開していたお母さんが訪れたらしい。

志願兵だった祖父はその頃地位が上がっていたらしく、
通りかかった年上の海兵さんが面会中の祖父に敬礼をしたらしい。
お母さんは「えらなったな」と涙したそうだ。

「汽車代を自分の給料から渡せて良かった」
と誇らしげに祖父は言った。

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  1. 2015/08/10(月) 08:00:00|
  2. つぶやき

祖父の記憶

わたしの飲み仲間だった祖父。

志願兵として戦地へ赴いたことを誇りに思い、
よく周りにその話を聞かせていた。

自慢話のようだったそれも晩年は少し変わり、
当時を思い出すように噛みしめて話をしていた。

祖父の話から、戦争について考える。

「いやだなぁ」と思われる方は読まずにおいて下さい。

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  1. 2015/08/09(日) 08:00:00|
  2. つぶやき

カップ麺をすすっていた所だった

親戚の方々がお仏壇へお参りにいらっしゃった。
知らされていなかった私は急きょ応対した。

二の腕むきだし そして裸足。

不意打ちのときこそ人間の本質が出るものだと学んだ。

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  1. 2015/08/05(水) 08:00:00|
  2. つぶやき

ふーふー

夏もお茶を飲む。
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  1. 2015/08/02(日) 08:00:00|
  2. つぶやき
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